百夜通い

8月 25, 2024

 



小野小町(おののこまち)のことを
ご存知の方も
いらっしゃると思いますが、
こんなお話を聞いたので、
紹介します。


小野小町は平安時代初期の女性で、
世の美女として数々の逸話があり、

『花の色は 
うつりにけりな いたづらに
わが身世にふる ながめせしまに』

の歌は 有名で、
京都随心院の歌碑にも
刻まれているそうです。


【通釈】

花は色褪せてしまったなあ。
我が身を いたずらに 
この世に置き、
むなしく時を経るばかりの、
物思いをしていた間に・・・

空からは
春の長雨が降り続けていた。


・・さて、肝心なお話の方を。


都の暮らしに疲れた小町は、
36歳のときに
故郷に帰って来ました。


そのとき、都には、
深草小将と言って、
小町をひそかに想っている人が居て、
小町が故郷に帰って来たことを知ると、
後を追いかけて来ました。


地位も名誉も捨てて。

でも、都から 
はるばるやって来たにも関わらず、
小町は深草小将に 
なかなか会おうとしません。


そんな ある日、
小町から深草小将に手紙が届きます。


「わたしを想ってくださるのなら、
家の外に毎日、
一株ずつ芍薬を植えてください。

それが百株になったら、
あなたの お心に沿いましょう」


深草小将は
彼女に会いたさに毎日、 
芍薬を植え続けました。


ところが、
いよいよ百本目を持って出かけたとき、
折からの増水で
深草小将は川に落ちて亡くなりました。


それが百夜通い(ももよがよい)の伝説に
なっているのだそうです。


地位も名誉も かなぐり捨てて、
ただ、会いたさに通い続けるなど、
よほど想っていないと出来ないこと。


その人への想いが真実であれば、
どんな艱難辛苦さえも
至福なのかもしれませんけどね。


それほどまでに人を想えることは
美しく、尊いことですよね。


また、
それほどまでに想われることも
尊く、幸せなこと。


何故、小町は
深草小将に会わなかったのか、
については、

疱瘡を患っていたため、
治るまで待って欲しかった、
という説がありますが、

あきらめさせるために、
百日も通わせるような
無理難題を突きつけた、
という説も、あります。


でも、あのとき
TVで見た小町像は
とても切なく悲しげな表情で・・・


わたしは
疱瘡が治るまで待って欲しかった、
という説を信じたいですね。


人がこの世に生を受けたことの本文は、
愛を知り、愛に生きることだと思うから。


永き歳月を経て、
二人の心と魂が癒されていることを
願わずには、いられません。


そして、
あなたの今日も 
やさしい一日でありますように・・・



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